月刊Bedroom techno12月号

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ep7…December steps
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ep7…December steps

ここはどこだろう。
ミアは辺りを見渡してみるが、真っ暗で何の情報もなく、外なのか内なのか、昼なのか夜なのか、死んでいるのか生きているのかすら分からなかった。しかし、閉ざされた五感の中で一つだけ、実際には何も見えないのだが一度だけ来たことがあるような感覚と懐かしさと優しさの様なものに包まれていることを感じていた。

『なにしてるのよ!バカ!』
ここで不意に直前の記憶が蘇る。
襲いかかってくる長い舌からジュエルを助けようとして飛び出したために捕まってしまったのだ。
そうしてようやく自分が、大きなカエルの大きな胃の中に飲み込まれてしまったことに気がついた。
「ジュエルはきっと無事だよね……」

改めて自分の咄嗟の行動を反省してミアは冷静になったのか、自分の身体に怪我が無いか確認する為に手を動かそうと試みたのだが、そこで気づいた。まるで手足を動かすという概念を失ってしまったかのようなのだ。重力に逆らって関節を動かす感覚、細かな体毛に風が触れる感覚すらなくなっていて、勿論その先の手触りも失っていた事にショックを受ける。
そういえば、辺りを見渡す時も目を開けて首を動かすといった感覚が無かった、ということにも気づき始め、そこでようやく自分が死んでいるのでは無いかという疑惑がジワリとにじり寄って来たのだが、不思議とそれに対する恐怖は襲いかかってこない。まるで恐怖という大きな怪物が敵意という牙を抜かれてしまい、腹を見せてこちらに服従している姿で居るようだ。更にはその怪物のフワフワの腹毛に頬を這わせたような愛念すら感じた。
いつのまにかミアはこの永遠の微睡みの様な心地良い感覚を永久に浸っていたいとさえ、ぼんやりとした意識と温度の中で望み、それを願っていた。

「……うわ! なに⁉︎ 」
しかし、その願いも長くは続かず突如として雷の様なバリバリという大きな音が耳から入り、身体の中で反響し全身を揺らして微睡みの意識から目が覚めた。その瞬間に照明のスイッチを入れたかの様にパッと明るくなり、闇に潜んでいた怪物は獲物を仕留めきれなかったというように恨めしやと退散し、ホワイトアウトした世界へと変貌したのだ。
ミアは一体何が起こったのか分からずに混乱していたのだが、だんだんと近づいてくる声に気がつき、それに意識を向けた。

「……ァ」
「……ィァ」
「……ミア」
「……ミア!」
それを聞いたミアは必死に自分の名前を呼ぶ声に返事をしようとしているのだが、声を出しているつもりでも膜に包まれているかの様に全く空気が揺れてくれない。それでもミアは、必死で、強く、なんとかして気づいてもらおうと声にならない声を出し続けた。
「……。」
「……ゥ」
「……ゥェル」
「……ジュエル!」

———–
「ジュエル!」
悲鳴にも似た自分の声でミアが目を覚ましたのは安そうな音を立てて軋むベットの上でだった。
「なあに?」
そう応えた本人は近くの椅子に座り、読んでいた書物から目を離しミアの様子を仰ぎ見た。大粒の涙を両の目に浮かべていて、まるで悪い夢をみてしまった子供のようだ。と、思わずくすりと笑ってしまった。
ミアは久しぶりに暗い部屋から出てきた時のように窓からの採光で目を細めるも、涙か粘液の所為なのかよく見えないようだ。しかしながらジュエルの声がハッキリと自身の長い耳に入ってきたのが嬉しくてミアは再び感極まり涙が溢れた。
ジュエルは読んでいた書物を閉じ、ベッドへ近寄って端に座り、安堵の表情で溢れ零れん涙を親指の腹を使って優しく拭ってあげる。
「よかった!生きてたんだね!」
「それはこっちの台詞よ……。ちょっと!抱きつかないで!この服はお気に入りなんだから!」
涙とヨダレに塗れたミアはついに声を上げて泣き出し、そんなミアに抱きつかれてしまったジュエルまでも泣き出しそうな、しかし少し頬が緩んでいる複雑な表情でされるがままになってしまうのだった。

その後、ミアがようやく落ち着いたのを見計らってジュエルはあの食事会での出来事を話し始めた。

ジュエルがカエルの王様の腹を開いた後、遠巻きに見ていた従事者たちから沸き起こる歓声、自由を手にした感激の嗚咽に包まれて、ジュエルは直ぐにこの国の英雄になってしまったらしい、と察した。案の定に人々はパレードをしようだとか銅像の制作を始めようだとか、今までの暗い過去を振り去るように明るい笑顔で口々に言い合ったり手を取り踊ったりしていた。
しかし、それよりも粘液塗れのミアが出てきたが動かない状態だった事と自分もすっかり疲れてしまっていたので、とにかく静かな所で休みたかった。
それを察したのかジュエルに短剣を渡してきたウェイターが近寄り、細い身体とは裏腹に軽々とミアを担ぎ上げたかと思うとついて来るように目配せをした。
しばらく細い道を真っ直ぐに行ったり曲がったりする洞窟のような通路を抜けて、月明かりの光に照らされて草木が雨粒で踊る音がそこらから聴こえる森の中に突然出てきたのだった。
「この場合、地下帝国だから外に出たとは言わないのかな?」
ウェイターは何も言わずにしっかりとした足取りで歩みを進め、辿り着いた一軒の小さな小屋の戸を開けた。そして、カーテンもつけていない窓の側にある硬そうなベットの上にゆっくりとミアを寝かせた後にジュエルの方を向き深く頭を下げ、何も言わずに出ていってしまった。しかし、その時の表情は申し訳なさそうに眉を伏せているのだが両の眼はしっかりと明るい未来への希望に充ちていた様に見えた。
その場に残されてしまったジュエルはしばらくの間傍らで月のお姫様のように照らされるミアの安らかな寝顔を見ていたが、それに誘われるようにして自分も段々と瞼を閉じていった。

ジュエルがいつの間にか眠ってしまっていたと思った時には窓から太陽の光が顔を覗かせていて、ベットの近くには預けられていたはずの荷物がひっそりと置かれていた。先程のウェイターが戻って来て置いていってくれたのだろうか。

2016-12-31-13-11-12

「ミア?そろそろ起きてよ」
ジュエルはそう言ってまだ目を瞑っているままのミアの身体を軽く揺するが反応は無かった。しかし、ゆっくりと胸が上下しているので呼吸はしているようだ。
返り血で固まったままの髪をかき上げながら長い溜め息を吐くと、紅黒いシミが付着した服を適当に脱ぎ捨てる。この小さな小屋でも水道は通っているらしく蛇口から水が出たのを幸いに髪を洗い、身体を拭いてからこの国に来る前に新調したお気に入りのドレスに着替えた。更に義手と義足を軽くメンテナンスをして、一通りの出発準備を終えた。
「まだ寝ているの?」
ジュエルはミアが眠るベッドの端へ座り呼びかけたのだが、森の中に住む小鳥だけが明後日の方向へ応えるのだった。
「おーい、ミアさーん。あなたの大好きなカレーがありますよー」
彼女の長い耳の近くで呼びかけても目を覚まさない。少し心配そうな顔になり、ジュエルはミアの寝顔をじっと見つめていた。
フサフサとした短い毛の生えた長い耳、サラサラの髪、今は目蓋で伏せているけれどそこには大きくて吸い込まれそうになる漆黒の瞳があって、触るとお饅頭の様な弾力の頬。そして、少しだけ尖らせているツヤツヤとした唇がそこにはあった。
「ミア……本当に寝てるの?」
ジュエルは起こさないように右手をゆっくりとミアの髪に沿わせる。胸の鼓動が頭の中で段々と大きく反響していくのがわかった。
「…………ん」
すると、一瞬だけミアが反応したのでジュエルは驚き、急いで近づけ過ぎていた顔を離して何事もなかったかのように取り繕った。
鳥達の声も消え、風で木の葉が擦れる音すらもフェードアウトし、ジュエルには先程よりも速くなっている心臓の音が頭蓋骨の中でこだまし、鼓膜を痛いくらいに揺らしていた。

「助けてくれてありがと……」
そして、一瞬だけ二人の暖かい皮膚は触れ合う。

我に返ったようにジュエルは両頬を少しだけ紅く染めて、大袈裟についさっき思い出したような演技をしながら鞄から小さな本を取り出して角を折ってあったページを開き、新たなページをめくりはじめる。

「ジュエル!」

「なあに?」

 2016-12-31-13-11-17



今月の一言

Writer:Hyuga.731

illustration:zinbei     (HP)

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